「次はー鉱金、鉱金終点です。KR外環状線・景都都営地下鉄線はお乗り換えください。
本日も景王電鉄をご利用いただきましてありがとうございました」
と、車内放送が鳴り響き、景国が誇る大都会にして首都『景都』の北西にあるターミナル駅『鉱金』へ到着したことを知らせる。
ホームへ降りると様々な人の営みによってブレンドされた生温かい都会独特の匂いが鼻腔に入り都心に来たことを実感する。
隣接県の駒馬県にある自宅からおよそ50分。電車に揺られてやってきた。
目的は明日に控えた司法試験の受験及び前泊である。
戦場へいざ行かん。と、凛々しい顔で改札へ向かいながら、ポケットから交通系ICカード『norica』を出s......「って無い!?」
と思わず心の声が飛び出る。
周りの視線が痛いが今だけは許してほしい。
だって無いのだ。往復用で2000円分チャージしておいたnoricaが無い。
現在、事実上無職の俺にはバカにできない金額だ。
駅構内の邪魔にならない端っこに移動してリュックを漁るも見つからない。
「司法試験突破する前に改札すら突破できないとか...幸先悪ぃ......」
そう呟くと、俺はトボトボと駅構内の忘れ物センターへ行き先を変えて歩き出した。
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「お客さん。青いパスケースに入ったnoricaは届いてないねー」
忘れ物センターに着いた俺は、担当の駅員さんに事情を話し、noricaの落とし物が受理されていないか確認してもらった。が、届いておらず。
「あー......ですよね」
かくいう俺も薄々そんな気はしていた。
無くしてからそう時間も経っていないので、落とした場所に鎮座しているかもしれないし、そもそも無記名式のnoricaなので、届かずにそのままパクられて泣き寝入りなんてことも、忘れ物センターへ向かう道中に頭をよぎっていた。
「もし届いたらもちろん連絡するから念の為、名前と電話番号あと生年月日を教えてもらってもいいかな?」
と、中年の駅員さんに言われ、俺は渡された用紙を受け取りながら「わかりました」と返事をし記入した後に返却する。
「明雲 義導さん。199X年9月29日生まれの23歳。電話番号は......ですね。確かに頂戴しました」
(そんな声に出して確認しなくても。個人情報ダダ漏れじゃないか)
なんて本音はおくびにも出さずに
「では、よろしくお願いします」
と、会釈し忘れ物センターをあとにしようと背中を向けたその時だった。
ヴゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーウゥゥゥゥゥゥゥゥンンンンンーーーー
大規模テロ情報ー大規模テロ情報ー当地域にテロの危険が及ぶ可能性があります
本能に訴えかけるような不快なサイレンが鳴り響いたのち、俄かに信じたくない現実を無機質な機械音声がアナウンスする。
「テロ?」
直近60年以上内乱も起こらず諸外国と戦争も起こさず参加もせずでまるっきり武力とは無関係だった景国には信じられない現実だった。
だが、現実は無情にも整理しきれぬ頭をよそに事態の進度は加速する。
瞬間。背後で耳を覆いたくなるような轟音と共に停電し、塵と薄闇が辺りを包む。
「ーーッ」
振り返るとセンター内受付の先にある手狭い事務所の天井が崩れ落ちていた。
さっきまで話していたあの人を含む数名の駅員さんを押し潰して。
「っ......駅員さん!?」
一瞬たじろぐもリュックを放って受付のカウンターを乗り越え、瓦礫の隙間から伸びる手に触れる。
薬指にリングのはまったカサカサの手は、瓦礫による圧迫で血流が滞り青藍色になっていた。でも、命の繋がりは途切れていない。
救助隊を呼べばまだ助かる筈。しかしここは災害現場ではなく犯行現場である。つまり......
「ーー赤茶色の髪にマッシュショート。半袖の白Tに紺のスラックス」
と、必死に思考を巡らせていると男性の声が上方より聞こえ心臓がドキリと音を立てる。
自分の名前を呼ばれたような気がした。というのも男の発した言葉は俺の外見的特徴とピッタリ合致しているからだ。
咄嗟に受付のカウンター下へ潜り込み身を潜める。
普段から隠れるには十分そうなこの場所が、皮肉にも瓦礫の山のおかげで、普段以上に完璧な隠れ場所と化していた。そして幸いにも見つかっていないようだ。しかしなぜ......
と、再度思考を巡らせつつ恐る恐るカウンターの天板と瓦礫の隙間から覗き見ると山の上に1人の男が立っていた。
崩れた天井の穴から射し込む光が男を照らしており、薄闇の中でも特徴を視認できる。
背丈は俺とほぼ同じ170センチくらい。
黒装束で全身を覆い、その素顔や細かな特徴はわからないが、細身のシルエットからは、隠し切れない鍛え抜かれた肉体の輪郭が浮かび上がっている。特に脚部は黒い布地を引き締めるほどの筋肉を備えていた。
そして、彼の特徴で最も留意すべきことは、その手に刀剣と酷似した凶器が握られていることと、その刀身と全身に煌煌とした橙色の光体を纏っていることである。
(ヤツの狙いは......俺?)
理解が追いつかない俺をよそに、破壊の衝撃で不安定にぶら下がっている蛍光灯だけが、最期の灯火を振り絞るように火花を散らしてその男を威嚇していた。
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第2号 最後のイレギュラー
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