神殺しの霜刃

第2号 最後のイレギュラー

 (ヤツの狙いは......俺?)

 黒装束の男が俺の外見的特徴をピタリと言い当てているのだ。それしか考えられない。しかも俺がここにいると踏んで攻撃してきたらしい。

 そう推察すると同時に胸の奥がズキンと痛む。

 俺がここにいなければ駅員さんは瓦礫の下敷きにならずに済んだということになるからだ。

 でもなぜ狙われているのか全く心当たりが無かった。だって俺はしがない無職の司法受験生だ。それに俺一人を殺すだけならこんな大規模なテロを起こさずに暗殺すれば済む筈。不服だけど。

「だとすると......ここか?」

 俺がえもいわれぬ罪悪感と疑問に押し潰されている間に、黒装束の男ヤツは一言呟くと辺りをざっと見回し"ジャッ"と音を立てて荒廃した地に降り立った。

 疑問は一切解けないが今いえることは「死にたくない」ということ。

 恐怖のあまり視線を外しバレる確率を1%でも下げるため身を小さくして蹲る。

 だが無慈悲にもジャリジャリと塵や砂を踏みしめる足音が次第に大きくなっていく

 (こっちに......来てる!?)

 冗談キツすぎる。なんで一発で当てるんだよ。ヤツは犬か。犬並みの鼻か。確かに机(受付)の下っていうのはかくれんぼにおける定石かもしれない。だが他にもあるだろう棚の裏とか別のエリアに逃げたとか。

 しかしヤツの足音に迷いはない。

 やがて......

ーージャリッジャリッジャリッ

  

      ジャリッ

  

   ジャッ 

  

「動くな」

  

 と声がしたとほぼ同時にガッと右手首を掴まれた。

 心臓が"ドクンッ"と激しく一鳴り。

 そしてその直後に大量の足音と金属を擦り合わせたような音も聞こえる。

 率直に申し上げて「終わった」と思った。

 なぜ自分が狙われているのかもわからないまま殺害されて司法試験も受けられないまま俺は一生を終えるのか。と

 そう悟ると俺は諦観と死の恐怖に震えながら目と歯をギュッと閉めた。

「一連のテロを引き起こした実行犯だな。大人しく降伏しろ」

 ヤツの声とは別の男の声が聞こえる。

 あれから2秒の時が過ぎたが一向に死の裁きは下されない。

 (っていうか実行犯は俺じゃない。ヤツだ)

ーー想定と状況が噛み合っていない。背後は今どうなってる?

 気になった俺は、固く閉じていた瞼をゆっくり開け顔はそのままに目の端でそっと背後の状況を確認すると現場は混沌を極めていた。

 声の主は俺ではなくヤツに。

 手首を掴んだ主はあの・・薬指にリングをつけた駅員さんの手だったのだ。

 さらにライフルや盾で武装した大量の人間が天井の上から室内に至るまでビッシリと詰め寄りヤツに銃口を突きつけていた。

 目を凝らすと彼らの右上腕には、景国の国旗に『SAP』と描かれた紋章が縫い付けてある。

 (自国の国旗が付いているということは......味方ってこと?)

 ともかく俺の存在はバレていないらしい。

 そして手首を掴んだ主。駅員さんは生きていた。

 瓦礫による圧迫で声が出ない分必死の握力で自身の生を訴えている。

 (助けなきゃ 助けて一緒に脱s......いや、あの人だけ・・を逃さないと)

 好機と踏んだ俺はスラックスのポケットから携帯を取り出し『119』に電話を掛けたら再度ポケットにしまい音を殺す。

 (応答はできないがこれで場所を知らせられる筈ーー)

「ここは既に100名の隊員が包囲している。お前に逃げ場は無い。従わなければ貴様に集中砲火する」

 一か八かの懸けをしている俺と同時に武装集団を束ねている長であろう男がヤツに脅しを掛けている。

「アンタらに用はない。ていうかさっき・・・ので学習しなかったのかよ?」

 だが、ヤツは全く怯むことなく腕をだらんと下げたままテキトーに返答し、俺の壁になってくれている瓦礫に手を掛けようとする。その距離わずか50センチ

 (やめろやめろやめろやめろやめろやめろ)

 心臓が再度早鐘を打ち始める。駅員さんも事態のマズさを察したのか俺の手首を掴んだまま硬直している。

 再度諦観しかけたその時だった。

  

「ーーッ隊長、今の内に!!」

  

 隊員の1人がヤツの背後から奇襲を掛け羽交い締めに成功したのだ。

「くっ、アンタいつの間に......!?」

 ヤツも不意をつかれたのかさっきと一転して焦りの顔を見せている。

「ーーッ総員、撃てぇ!!」

 そして部下の勇気ある行動に長が呼応し99人の隊員に一斉射撃を命じ、ヤツに弾丸の雨をくらわせた。

  

「ハァッ、ハァッ......!」

 俺は目玉をひん剥いたまま過呼吸となり言葉を失っていた。

 この状況を素直に喜んでいいのかわからない。

 間一髪助かったけどまさか交戦状態に陥るなんて

ーーブツンブツン

 生々しく弾丸が命中している音が聞こえる。

 正直耳を塞ぎたい。

 だがそんなことも言ってられなかった。ヤツを羽交い締めにしてくれたお陰でヤツと俺との間に距離が生じていたからだ。

 (またとないチャンスだ......今のうちに流れ弾が飛ばない範囲にある瓦礫を退けて駅員さんを救う)

 俺は恐怖と混乱でプルプルと震えたおぼつかない手で瓦礫の撤去に取り掛かった。

 対するヤツの状況はというと硝煙で姿が見えなくなっている。

 それでも弾丸は撃ち続けられていた。

 (何故だ? 相手は生身の人間なのに......何故そこまでやる?)

 閉鎖的な空間にいる為か酸欠で呼吸も視界もクラクラしてきた中、そんな疑問が過りながらもバレないように腕の周りにある瓦礫や天井板を慎重に退けていく。

 そして数十秒間の後ようやく銃撃音が鳴り止んだ。

......................................................。

 先ほどと一変して一帯は静寂に包まれている。

 (終わった......のか?)

 思わず作業の手を止めてヤツの姿を目で追ったが未だに景色は霞んでおり姿を捉えることはできない。

 やがて立ちこめていた煙がスーッと引いていきようやくその姿を確認した時、俺は自分の目を疑った。

「......!?」

  

 ヤツは無傷で突っ立ったままだった。

  

 ヤツに命中していた筈のおびただしい数の弾丸はまるで熱で溶けたかのように湾曲して足元に転がっている。

 四方八方に撃たれた弾丸を完璧に防ぎ切っていたのだ。

「だからアンタらの兵器は効かないんだって」

 ヤツは足元に転がっている1体の屍を一瞥しながらそう言った。

「信じられない......よもやこんなことが」

 部隊の長も同意見らしい。愕然としながらも呟いている。

「さて、本当はあと一人拉致ってさっさと帰るつもりだったんだが......気が変わった」

  

 そう低く告げるとヤツは橙色の光を纏わせている刀の切先を天に向けて円を斬った。

  

  

「俺は仲間を犠牲にする戦法は嫌いだ」

  

  

 瞬間、円から同色の円柱が伸び衝撃波で隊員を威圧する。

 さらに衝撃波の影響で天井の崩落が広がり穴の外にいた隊員が荒廃した駅構内の地に落ちてくる。円柱の近くにいた隊員は身体を切られたのか鮮血が舞っていた。

「大体こっちも覚悟決めてこんなことやってんだ。今さら脅しに屈するわけねぇだろ」

 長は度重なる超常的な現象に絶句し膝から崩れ落ちやがて天井の崩落に飲み込まれた。

 100人いた武装集団はたった一人の男のたった一払いの力で無力化されてしまったのだ。

 そして対する俺も他人事ではない。

 受付の幕板越しから瓦礫が落ちてくる音が聞こえ、唯一の出口が塞がれる危機を察知したからだ。

 (ーーこのままここにいたら生き埋めにされる。しかし......)

 駅員さんはまだ瓦礫の中。俺だけ逃げて見殺しにする訳には......

  

「何バカなこと言ってるんだ! ここから逃げるぞ! 一緒に!!」

  

「......へ?」

 声がした方を振り向くと、何と真横にあの・・駅員さんがいた。

  

 瓦礫から抜け出した状態で

  

「駅員さん......!? どうして、何で」

「君のおかげで助かった『明雲義導』君。とにかく行くぞ」

 そう力強く言うと呆然としている俺の手を引いてカウンター沿いにある通用口を目指して中腰で足早に進む。

 (「助かった」って......まだ左腕の周りまでしか瓦礫は取り除けてなかった筈なのに)

 そして持っていた鍵でドアを開けた

 だが、そんな動きをヤツは見逃さなかった。

  

  

  

ーーズガンッ

  

  

  

 ヤツは隠し持っていた拳銃で駅員の胸部を撃ち抜いた。

 カウンターの死角を抜け明るみに出た俺たちを殺しのプロが見逃す筈無かったのだ。

「......アンタ何者だ?」

 その言葉は駅員さんに向けられている。しかし返答はなく胸部から血を噴きながら俺の足元に崩れ落ちた。

「まあいい。それよりも......やっぱりいたか」

「」

 そう呟くとヤツが瓦礫を蹴って刀剣を振りかぶりながら猛スピードで俺に向かって接近してくる。

 対する俺はこれまでの予想だにしない出来事の連続で頭と心の限界を迎えてしまい茫然自失で立ち尽くしていた。

 そしてヤツの刀身が眼前に迫った時、この事件"最後のイレギュラー"が起こるのだった。

  

  

  

装纏そうてんーーッ」

  

  

  

 と、どこからか声が聞こえた後、激しい剣戟音が空間に鳴り響き直後に轟風が吹き荒れる。

 轟風と共に現れたのは、ヤツと似た刀剣を装備しているダークスーツに身を包んだ大柄の男だった。

次回
第3号 帰巣

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