「装纏ーーッ」
そう言い放ちながら俺とヤツの間に割って入ってきたのは、ヤツと似た刀剣を装備しダークスーツに身を包んだ大柄の男だった。
男の体躯は自分より二回り大きく、背後からでもその圧倒的な存在感が伝わってくる。たくましい肩幅と広背筋がスーツ越しに広がる逆三角形のシルエットを強調しており、この場にいる誰よりもマッシブだった。
「助けが遅れてすまなかった」
と、その大男がヤツに焦点を合わせたまま声だけ俺に投げ掛ける。
「いえ.....」
だが、俺はヤツと同じ武器を持っていることに不信感を拭えず曖昧な返答をしてしまった。
ーー助けてもらったはずなのに
そんな俺の様子を察したのか大男が言葉を添えた。
「む、あまり大きな声で言えないが俺は国の人間。すなわち君の味方だ」
「国の人間......」
「ひとまず安心してくれ。多大な犠牲が出てしまったがこれ以上は出させない」
瓦礫に死体・目の前には諸悪の元凶という状況でいささか安心するには無理のある状況でもその大男に言われると不思議と心が救われた。
「その武器って一体ーー」
「アンタ......その『機剏』どうやって手に入れた?」
俺が聞こうとするよりも先にヤツが俺の声に被せるように問い掛けた。大男は暫し考えた後に言葉を選ぶようにゆっくりと開口する。
「我々が直々に押収した」
「押収? バカ言うなよ。実力行使で奪ったってか?」
「そのまさかだとしたら?」
「......さっきの弾温存しておくべきだったかもな」
大男の返答に珍しくヤツは動揺していた。現代兵器では太刀打ちできない武器を所持していたにもかかわらず奪われたのだから無理もないだろう。
会話の応酬が繰り広げられている中、俺はというと聞き慣れない言葉の連続で何を言っているのか半分以上わからなかった。だが一つ、あの橙色の光を発する物体や銃刀類のことを『機剏』と呼ぶことだけは分かった。
「さて、これ以上滅多なことはするな。攻撃はもちろん......自害もな」
大男はヤツにそう告げると刀剣を構え直しヤツと同じ橙色の光を放った。よく見るとヤツの刀剣とは細部の形状が異なっており、大男の持っている刀剣の方がややリーチは長い。
「安心しろ。俺は大義に命を賭すほどの崇高な精神は持ち合わせちゃいない」
ヤツはそう言い返すと大男と同じく構え直し
「だが、降伏するほど愚かでもない」
と、言い放つと一気に間合いを詰め左上に切り上げ大男の体勢を崩しに掛かった。
「ーーッ」
だが大男の方も屈することなく、力尽くでヤツの刀身に己の刀身を這わせ鍔迫り合いに持ち込ませる。
素人目から見ると互いの力は拮抗しているように見えた。しかし......
「その様子だとやはり使い方を知らないな?」
「何だと?」
鍔迫り合いに持ち込まれたはずのヤツは余裕そうな表情でニヤリと笑んだ。そして一言
「チャージ」
と、まるでマイクに吹き込んだかのように小さく告げる。すると直後に短く電子音が鳴りヤツの刀剣から放たれている光体が一際強く輝いた。
「ッ!?」
大男もその光景に驚愕したのか目を見張りながらも必死の力で抗う。だが
「機剏はこうやって使うんだよ!!」
ヤツは激しく光る刀剣でいとも簡単に大男を押し切ると、片手で大男の腰部に着いていたベルト状の機械を強引に外した後に蹴り飛ばしながら蜻蛉返りし距離を取った。
「その男の拉致は諦めてやる。だが機剏は返してもらうぞ」
そう吐き捨てるとヤツは自分の足下で爆風を起こして俺たちの視界を奪った。
「ぐっ......待て!!」
大男は残された刀剣を杖代わりに何とか立ち上がって追おうとするも先ほど食らったダメージの影響で身体がついていけない様子だった。
かくいう俺も去り際に入ったヤツの冷ややかな眼差しに気圧されてしまっていた。
そんな重い空気が漂う時だった
「よせ、権堂」
ふと、後方から声がした。
視界が晴れて声の主を捉えると、いつの間にか大男と同じくスーツに身を包んだ男が立っていた。
「そ......神柳さん」
大男もといゴンドウと呼ばれた男はぎこちなく返答する。
前方にいた筈のヤツは既に行方を晦ましていた。
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「権堂、ここまでだ。現場の収束を優先させて救助隊が来る頃合いで引き上げるぞ」
「申し訳ございません。実行犯を取り逃した上に貴重な証拠品も奪い返されてしまって」
「気にするな。お前一人の責任じゃない」
二人は対面すると何やら業務的な会話をおこなっていた。会話から察するにどうやら上司と部下の関係らしい。恐らくさっきヤツとの会話にあった我々のうちの一人なのだろう。
と、傍目から二人を分析していたらカンナギと呼ばれている男がこちらに歩み寄ってきた。
「君が生存者だね。俺は神柳。この厳しい中よく生き残ってくれた」
俺の目線に合わせる為か、片膝をついて座ると開口一番眼光は鋭いままに口元を少しだけ緩めた表情で讃えられた。
神柳さんはアンカースタイルの髭に彫りの深い顔立ちをしており、人生の修羅場や荒波を何度も掻い潜ってきたことを感じさせる漢の顔をしていた。
そんな厳格そうな人に真正面から比較的穏やかな顔を向けられた俺は少し目線を逸らしながら本音を口にする。
「俺は何もしていません......皆さんに助けられただけです。SAPと呼ばれる人たちやゴンドウさんそれに......」
俺は少し間を置くと瓦礫に埋もれた通用口に目を向けて言葉を続ける
「駅員さんが」
空間に沈黙の空気が流れる。神柳さんは何も言わず俺が発する次の言葉を待っていた。権堂さんも恐らく耳を傾けている。俺は言葉を探りながらも自分の本音を最後まで口にした。
「俺がここにいなければ、ここにいた人たちは助かっていたかもしれない。けど俺が別の場所にいればその場所にいた人が犠牲になっていたかもしれない......何で俺が狙われていたのか全くわからないけど、俺が強ければこんな惨状にはならなかったんじゃないのかって......思うことは色々あるけど今率直に思うのは皆さんが繋いでくれたこの命を無駄にしてはいけない......そんな気持ちです」
言い終わる頃には逸らしていた目線が自然と神柳さんの位置に戻っていた。
聞き終わった神柳さんは咀嚼しているかのように間を置くと「そうか」と一言口にするのみだった。
肯定も否定もされなかったが、俺自身まだ心の整理がついていない状態だったので、寧ろ一言で返してくれて逆に心地良かった。
「よし、そろそろ動くか。明雲君。君はもうすぐ来る救急車に乗り病院で診察を受けなさい」
あれから暫し呼吸を整えた後、神柳さんは現場から離れる為の指揮を執り始めた。
病院で診察。事件に巻き込まれた身の措置としては模範回答的采配だ。しかし俺はこの指示に一抹の不安が過っていた。
俺は不安の正体を確認すべく恐る恐る神柳さんに聞いてみる。
「はい......ちなみにそれって結構な期間拘束されそうですか......?」
「うむ、まあそうだな。恐らく入院になると思う。あと警察から事情聴取もあるかもしれん。事が事だからな」
神柳さんは今後起こり得る可能性を丁寧に提示してくれた。そしてその提示内容は俺の不安が的中したことを意味する。
ーー入院!? そんなことになったら俺は......
俺が遠くない未来を予測している間にも神柳さんは救助の手配を進めようとしていた。
「権堂、救助隊にこのエリアの安全を知らせて到着を早めーー」
「待ってください!」
俺は思わず待ったを掛けた。思いの外デカい声が出たことに驚きながら
「どうした? 何かマズイことでもあったか?」
そう気に掛けたのは神柳さんの指示を受けて携帯で連絡を取ろうとしている権堂さんだった。
「あー、えっと......」
待ったを掛けた癖に次の言葉が喉に詰まった。こんな理由で果たして理解を得られるのか? 「身体の方が大切だ」と一蹴されるのではないかと批判を恐れて巨漢を前に立ち止まってしまう。
俺が言葉を繋げなくちゃいけない中、権堂さんが言葉を繋ぐ。
「もしかして医療費の心配をしているのか? それなら国が全額補償するから安心しt」
「明日......司法試験を控えているんです」
『......!』
少しでも理解してもらえるよう順序立てて説明しようと頭で論理を組み立てていたら、心は裏腹にもいきなり明日控えている「用事という名の私情」をぶつけてしまった。
「俺、この試験に全人生賭けてるんです。受験を志してから予備試験だけで3回落ちて......でも今年やっと突破できてようやく掴んだチャンスなんです。受験さえ終われば病院でも警察でもどこでも行きます。だから受験期間の間だけ猶予を頂けませんか......お願いします」
俺は深々と頭を下げた。こんな私情で許されるだろうか......いや、最悪却下されたら病院から脱走して這ってでも......
と、やや過激な思考が過りつつも頭を下げ続けていると
「分かった。何とかしよう」
と、横で聞いていた神柳さんが短く頷きながら言った。
『......いいんですか?』
俺は理解を得られたことに驚き思わず聞き返す。というか権堂さんも同じことを神柳さんに聞き返しており絶妙にハモる
「ああ、だが病院へは行ってもらう。その上で明日司法試験に臨めるようこちらで各所に根回ししておく。これなら問題ないだろう?」
「はい! 大丈夫です」
すると神柳さんは新たな条件を俺に突きつけた。病院へ行きつつも司法試験に臨める......そんなことできるのかと悩むのはこの期に及んで野暮だろう。俺は間髪入れずに承諾した。
「よし、決まりだな。まあとにかく今はゆっくり休め。明日のことは任せろ」
そう神柳さんに促さられると丁度救助隊が到着した。救助者の確認を素早く終え早速担架を広げ俺を乗せようとした時、俺は最後に言い忘れたことを思い出し機剏で助けてくれたあの人の名前を呼ぶ。
「権堂さん!」
「どうした?」
「お礼がまだでした。あの時助けていただいてありがとうございました!」
「ああ、俺の方こそ生き残ってくれてありがとう」
俺は権堂さんと固い握手を交わしたのち救助隊に運ばれて行った。
結局、念の為入院という形になったのだが怪我の程度も軽く、かつ二人の計らいにより司法試験を受けに行くことは許された。
寧ろ試験期間中の4日間を硬いネットカフェのマットレスではなく、しっかりした寝具で休めることは不幸中の幸いなのかもしれない。
それにしても、病院や試験の関係各所に根回しできる神柳さんとその部下の権堂さんは一体何者だったんだろうか?国の人間ということは間違いないのだが、最後まで彼らの素性はわからないままだった。
そしてあの8月31日の事件から4ヶ月後。俺は無事司法試験の合格通知を貰い晴れて司法修習生となった。
さらに時は巡ってあの事件から2年の月日が経ったーー
今日、俺は景都地方検察庁の検事に任官する。
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第4号 始まりの朝
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