「僕は……これからどうなるんでしょうか?」
と、青年は恐る恐る聞いてみる。
さっきまで自分のことを忘れて舌戦を展開していた野郎共2人に。
そんな青年の問いに二人はまるで示し合わせたかのように同時に取り繕ったと思えば、次の瞬間口を開き各々に答え始めた。
「まずは、定期的に診察を受けてもらいながら、心理療法やカウンセリングを通じて精神的な負担を軽減していくところから目指しましょうな」
「はい」
「まずは、俺の取調べを受けてその後は、景都を護る重要戦力として検察に迎え入れるから俺と一緒に頑張ろうな」
「え?」
「そこでですな……」
「それでな……」
二人はそこまで言うと急にもったいぶったかのように言葉を溜める。
「あなたにはこれからも景都に住んでもらいたいのですな」
「今後も景都に住んでくれ」
「結論は同じなのに、約一名凄まじいことさせようとしてません?」
青年は二人の回答を聞き終えると、すぐさまツッコミを入れ、当事者をジトッとした目で睨んだ。
「そーだぜ、先生。小僧もじっとしてるなんてそりゃ嫌だよな。のびのびと身体動かしてーよな!」
「違うわ! あなたの方ですよ! あ、な、た」
「へ、俺ぇ?」
青年のツッコミに神柳はおどけた表情で受け流すと、両手を頭の後ろに組んで言葉を続ける。
「俺はただ、小僧と楽しく運動しようと思ってるだけなんだがなー」
「そんな生優しい言葉には聞こえなかったんですが」
青年の追求を神柳はのらりくらりと躱す。だがそこへ井ノ頭も口を挟んだことで流れが変わる。
「医師としては患者が拒否しているのであれば、例え検事殿といえどもあなたのお話には賛同できませんな。ましてや先程精神的な負担を軽減させると言った直後だと言うのに、どう考えてもストレスになりますな」
「ギクッ……」
至極真っ当な主治医の意見に、流石の神柳もたじたじになった。
すると、これ以上は分が悪いと感じたのか、目を泳がせると——
「んまぁいいさ。この話はまたおいおい詰めるとして——」
「「詰めません」」
「小僧。景都に住むってのはいいんだよな?」
神柳は僅かに顔を引き攣らせながら医師と青年の主張をスルーしつつ話題を逸らし、上げていた両手を戻して襟元を正すような仕草をしながら、今度はやけに芯の通った声色でそう聞いた。
「えぇ、それはまあ……構いません」
神柳の一変した態度に若干ピリッとしたものを感じながら青年は答える。
その言葉には「どうせ帰る家の場所も覚えてないし」といった自虐的な思いも含まれていた。
「よし。だとしたら名前が必要だ。便宜上でも用意しないとな」
「なるほど、滞在許可の申請ですな」
井ノ頭の言葉に神柳は「その通り」と言わんばかりの指パッチンを彼に向かって鳴らした。
「厳密に言えば"特例措置による在留資格の付与"を行う。ハッキリ言って今の小僧の状態はかなり危ういからな」
さっきとは打って変わって真剣な眼差しで放たれた神柳の言葉に、青年はゴクリと唾を飲み込んだ。
「今後もこの国で暮らしていくなら、少なくとも公式に存在する人間として手続きを踏む必要がある。その為にもまずは名前だ。それさえ用意できればあとは俺が何とかする」
「神柳さん……」
青年は神柳の思いもよらない頼もしい発言に思わず感嘆の声を漏ら——
「どうだ? 少しは見直したか? 俺のこと」
「その言葉が無ければ見直してたかもです」
——し切れなかった。
今まではデカイ図体だと思っていただけの神柳の大きな体躯に心強さすら覚えかけていた感情も、その一言で霧散する。
「検事殿は何事にも強引すぎるんですな」
井ノ頭は呆れたように肩をすくめつつも、どこか苦笑まじりに言うと
「とはいえ、その話には賛成ですな。たとえ便宜上でもこれから生活していく為には作るべきでしょうな」
そう付け足して、神柳の話に賛同した。
「強引かどうかはさておき……賛同してくれたのは助かるぜ、先生」
と、言いながら神柳は人差し指で鼻の下を擦る。
「さて小僧。あとはお前の意思次第だが……どうする?」
改めて向けられた問いに、青年は無意識に拳を握る。もう腹は決まっていた。
「作ります。名前」
「そうこなくっちゃな! じゃあ明日までに考えといてくれ」
「急すぎるわ! こちとら記憶喪失で名前考える為の材料すら頭に無いのに!!」
「そういうところですな」
かくして青年のこの日の診察はお開きになった。