神殺しの霜刃

第4号 始まりの朝

ーーp

 バンッ!

 AM6時00分00秒

 目覚まし時計が鳴り始める前に止めることにもすっかり慣れた。

ーーいよいよ今日か......!

 7年間の苦楽を暫し噛み締めたのち、二度寝に興じることもなくシングルベッドから起き抜ける。

 まだ薄暗い部屋の中洗面台へ向かい冷たい水で顔を洗うと、クローゼットを開けラフな寝巻きからフォーマルなダークスーツへと着替え始めた。

 パリッとアイロンのかかったワイシャツに腕を通し、続けてスラックスを履く。

 生地が肌を撫でる感触に心地良さを感じながら、しっかりとした服装に身を包むと身も心も自然と引き締まるのを感じた。

 今日という一日の始まりに。そして、これから待ち受けているであろう業や試練に対する静かな決意を胸に宿す。

ーーネクタイとジャケットは朝食を食べてから着けよう

 心の中でそう呟くと、着けようとしていた衣類を片手に六畳の自室を出てダイニングに入り早速朝食の支度に取り掛かる。

 朝食の献立は毎日固定している。

 まず、お櫃に白米が入っているか確認。自分の取り分を確認したらフライパンを火にかけベーコンを焼き始める。片面の水分が抜けカリカリになったら裏返し、そこに卵を割り入れ塩胡椒をして蓋をする。

 蒸し焼きにしている間は「ボケーッ」とせずにコーヒーを温めながら納豆を練る時間に当てる。

 納豆には付属のだし醤油と辛子にマヨネーズを足すのが昔ながらのマイルール。

 理解されたことは一度もないが。

 納豆は卵が最適な焼き加減に達するまでの待ち時間より20秒早く練り終え、その20秒間で茶碗にご飯をよそい練った納豆を盛る。

 最後にフライパンの蓋を開けて焼き加減を確認。半熟月見に仕上がっていれば別皿に取って完成だ。

 温めたコーヒーをマグカップに注ぎ、一式をダイニングテーブルへ運ぶと椅子に腰を下ろして合掌した後に朝食を口に運び始めた。

 しばらくして、ふと気が向いてテレビのリモコンを手に取った。ボタンを押すと画面が光り、女性アナウンサーの声が飛び込んでくる。

 何やら売り出し中のアナウンサーだった気がするが、この7年間ですっかりトレンドに疎くなり失礼ながら名前は全く存じ上げない。

「昨日で『八・三一事件』から2年が経過しました。事件は未だ解決に至っておらず実行犯並びに拉致被害者の捜索は難航しておりーー」

 月曜の朝。平日に放送しているニュース番組は昨日報じることのできなかった情報を重要度順に報じるこの時間。いつもなら満遍なく報じているのだが、今日は違った。まあ無理もないだろう。

 『八・三一事件』とは俺が2年前の夏の終わりに遭遇したあの・・事件のことである。

 事件収束後、国は国民を守りきれなかった責任を厳しく問われた他に、テロリストが使っていた「機剏キソウ」と呼ばれる武器の発端が景国の防衛兵器等を製造している総合重機会社『景王けいのう重工』にあったことが発覚し大問題となった。

 国民を守れなかった深刻な被害と守れなかった原因とも言える兵器の発端が国内の企業にあったという問題から「景国史上最悪の事件」といわれ、この忌まわしい出来事を忘れぬ為に『八・三一事件』という名前で歴史にその名を深く刻んだのだ。 

 昨日から一日中この話題で持ちきりだが、恐らく今日の朝まで続くだろう。他のニュースは見れなさそうだ。

 そう悟るとテレビを消し足早に食事を済ませ出発の準備を進めた。

  

 あれから程なくして出発の準備ができた。

 真新しい黒の革靴に黒のスーツ。髪型は襟足短めのマッシュショートで髪色は赤茶。念の為学生時代に使っていた地毛証明書も鞄に入れた。

「行くか」

 そう自分を勇気付ける為に呟くと電子ロックを解除し玄関の門を開け外に出たーー

 明雲義導。検察官としての"始まりの朝"である。

prrrrrrーーピッ!

「はい、権堂です。ーー! おつかれさまです。ーーえぇ、やっとこの日が」

 義導が出発した頃、同時刻。

『景都地方検察庁特別捜査局特殊機動捜査部』にある執務室の一角で通話をしていたのは同所属の部長検事「権堂勇武ごんどういさむ」である。

 2年前と変わらず短く刈り込んだ黒髪の頭髪にダークスーツの出立ち。マッシブな体躯もしっかり維持している。

 変わったことと言えば部署と役職。そして酒とタバコを完全にやめたことくらいである。

「この2年間俺がアイツに教えられることは全て教えた。あとは頼むぞ......権堂」

 電話の向こう側にいる男は跡を託すかのような語調で権堂に伝える。

「はい。"レンさん"こそ彼の教官を引き請けて頂きありがとうございました」

「その名で呼ぶな。今の俺はアンタら・・・・の敵だぞ......そろそろ切るぞ」

「すみません。ーーはい、お互いご武運を。では失礼します」

 短い会話でお互いの決意を確認し合うと名残惜しさを感じることもなく通話は早々に切れた。

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