井ノ頭の診断と神柳の捜査により自身が身元不明の記憶喪失者であることを知った「青年」
未だ状況を飲み込めない中、彼は"なぜ、自国民でもない自分にこれほどの手厚い保護を施したのか"問う。
その問いに神柳は「お前が6ヶ月前に起きた事件の重要参考人だからだ」と言い放つのだった……
神柳「いいか、お前は6ヶ月前の8月31日15時50分にここから6km程離れたところにある『鉱金』という駅にいたんだ」
青年「へ?」
神柳「そこでは当時、人々が突如として異形の怪物に変貌し他者を襲う未曾有のバイオテロが発生していた」
青年「いや、ちょ」
神柳「お前はその渦中にいて最終的にはそのテロを起こしたと思われる主犯と接触した後、単身怪物に挑みこれを一掃……いや、殱滅し、テロを止めたんだ」
青年「いやいやいや、ケンジさんの作り話ですよね?」
神柳「俺がそんな茶番を言っているように、見えるか?」
青年「——ッ」
神柳の眼は真剣だった。眼光に居た堪れなくなった青年は思わず視線を外してしまい、助けを求めるかのように井ノ頭の方へと目を向ける——が、彼も尋常じゃない程深刻な表情をしていた。
青年「……マジで本当に起こったことなんですか? にしたって僕がそんなことしたのは流石に嘘——」
神柳「映像記録が残っている。不鮮明ではあるがな」
青年「そんな……」
井ノ頭「検事殿もうちょっと、話し方というものを考えていただきたかったですな……」
青年「……それで、僕をどうしたいんですか? その事件とこの手厚い保護にどういう関係があるんですか?」
神柳「その回答がまだだったな——単刀直入に言おう」
井ノ頭「っ! 検事殿!!」
神柳「君に戦ってほしいと思っている。景都を未曾有の脅威から守る為に」
青年「た、戦う?」
神柳「具体的には景都地方検察庁特別捜査局という組織の直下に『第七暗部』という部門を新設する。君をそこに迎え入れ、エージェントとして活動させたい」
青年「いやです。そんな危ないことやりたくないに決まってるじゃないですか」
神柳「ほう。嫌か?」
青年「そりゃそうですよ! っていうか……僕の意識が無い間に勝手に恩を売ってそんな危険なことを押しつけるつもりだったってことですか?」
神柳「誰も恩を売った覚えはないぞ。この診察代もこれまでの治療費も後々キッチリ払ってもらう予定だからな」
青年「な……それはタダじゃないんですか!?」
神柳「当たり前だろう、図々しい」
井ノ頭「流石の私も無報酬でこれほどの医療の提供はできかねますな」
青年「く……センセイにそれ言われるのちょっとショックです」
神柳「ちなみに今までに発生した治療費は全額俺が払っているから、返す時はドクターじゃなくて俺にな」
青年「一応聞きますけど、今の時点でいくら掛かってるんですか?」
神柳「あぁ、ざっとろっぴゃk——」
井ノ頭「それはまだ知らない方が良いんですな!!」
神柳が口外しようとした瞬間、井ノ頭がそれを止めるべく言葉を被せて彼の口を塞ぎつつ、強く睨んで牽制する。
神柳「……わかりましたよ。悪ぃな小僧。診察終わったらこっそり教えるわ」
井ノ頭「検事殿!」
神柳「冗談だよ。冗談」
青年「……もういいです。とりあえず治療費は払います。ですが別に他の仕事で稼いで払えば問題ないですよね?」
神柳「それはそうだな。健全な手段で得た金であれば」
青年「それなら——!」
神柳「だがまあ、今のお前に雇ってもらえる場所があればの話だがな?」
青年「——ッ」
青年は神柳から告げられた冷たい現実に下唇を強く噛み締めた。
神柳「エージェントとして景都を守る為に働き。得た金で治療費を返せ」